オアフ島・ホノルルを一望できるパンチボウルの丘は、かつてペレが住み、今は英霊たちが眠る神聖な場所

空から見たホノルル(Photo by Brocken Inaglory (Own work) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY-SA 4.0-3.0-2.5-2.0-1.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0-3.0-2.5-2.0-1.0)], via Wikimedia Commons)

ハワイ、オアフ島の中心部、ホノルルのダウンタウンを見下ろす位置に横たわるパンチボウルの丘。

ハワイ神話によると、ハワイの火の女神ペレは、南の島から天啓に導かれハワイに移住しました。
ペレは、安住の地を求めて、ニイハウ島、カウアイ島、オアフ島・・・と移り住み、最終的にハワイ島のキラウエアに落ち着いたのですが、ペレはオアフ島に来た時、このパンチボウルに住んだと言われています。
でも、既に火山活動を終えていたパンチボウルは、ペレが住める環境ではなかったため、ペレはお隣のモロカイ島に移動していったのです。

1795年、カメハメハ大王がハワイを統一するために繰り広げた戦争では、パンチボウルも戦場となりました。

 
※ペレのお話は、こちらの記事もご覧くださいね。

 

ワイキキから見たパンチボウル、1885年頃(出展:Wikimedia Commons)

 
パンチボウルの丘は、約50万年前から100万年前頃に活動した火山の跡です。
ダイヤモンドヘッドと同様に、水蒸気爆発によって、山頂が陥没してできたクレーターです。

パンチボウルという名前は、フルーツポンチを入れるボウルに似た形からきています。
ハワイ語の地名は、プオヴァエナ(Puowaena) とも、プオヴァイナ(Puowaina)とも言われます。

意味は諸説ありますが、ひとつには「真ん中の丘」と言う意味。
船やカヌーでオアフ島を南側の海から見ると、オアフ島の右側にはダイヤモンドヘッド、左側にはソルトレイクの丘、中央にパンチボウルの丘が見えます。
船乗りたちは、パンチボウルを目指してホノルルに向かったのだとか。

「犠牲の丘」という意味もあります。
カプ(ハワイの信仰上のタブー)を犯した者が、ここで神々への生贄にされたのだとか。

 
現在、パンチボウルの丘は、アメリカ合衆国の国立太平洋記念墓地となっていて、宗教の隔たりなく、多くの戦没軍人が眠っています。「犠牲の丘」という意味のパンチボウルは、戦争の犠牲となった方々が眠る場所として、とてもふさわしい場所という気がいたします。

日系人初のアメリカ合衆国上院議員として日米友好の懸け橋となられ、またハワイの空の玄関、ホノルル空港の新しい名称となった、ダニエル・K・イノウエ氏や、1986年にスペースシャトル、チャレンジャー号の事故で亡くなられた、日系人初の宇宙飛行士エリソン・オニヅカ大佐も、パンチボウルに眠っています。

 

右手前にパンチボウル、左奥はダイヤモンドヘッド(Photo by Travis.Thurston (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], via Wikimedia Commons)

 

パンチボウルの丘は、以前はホノルル観光のコースに入っていて、散策もできたのですが、現在は墓参の方以外は下車禁止、車で訪れる場合も徐行が義務付けられて、英霊たちの魂が静かに厳かに守られています。

 
私たちも、土地の自然、そこに伝わる歴史や伝説、伝統を、大切に伝え残していきたいですね。

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