リリウオカラニ女王~古代ハワイの民族音楽と現代のハワイアン・ミュージックの橋渡しをしたのは国家元首!

古代ハワイの音楽と、現代ハワイの音楽。
フラダンスのカヒコ(古典フラ)とアウアナ(近代フラ)に象徴されるように、ハワイの音楽は、19世紀を境に、大きな隔たりがあります。

古典的な民族音楽から、世界中で愛されるハワイアン・ミュージックへの変化は、どうして起きたのでしょう?
時代の流れ?西洋の影響?

調べてみましたところ、とても興味深いことがわかりましたので、ご紹介させていただきます。
なんと、古代ハワイの音楽と現代ハワイの音楽の橋渡しをした方がいらっしゃったのです。
しかも王様!

 

古代ハワイの音楽

人々は大自然と共に暮らしていました。自然の中に神の存在を感じ、畏敬の念を持っていた人々は、折に触れて祈りを捧げました。
神々に捧げた祈り、それがハワイの音楽の原点です。
ヤシやひょうたん、竹といった素材で作られた、さまざまな打楽器の鳴らすビートに合わせ、人々は歌い、そして踊りました。

 

Photo by Forest & Kim Starr

 

現代ハワイの音楽

ハワイアン・ミュージックは、ウクレレやギターの奏でる、ゆったりとしたテンポで明るい曲調、”癒しの音楽”の代表格として、確固たる地位を築きました。
ハワイ出身の新進気鋭のミュージシャンが次々と登場し、ハワイアン・ミュージックはどんどん進化しています。

 

現代ハワイを代表するミュージシャンの1人ケアリィ・レイシェル(Photo by Charles Haynes [CC BY-SA 2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons

 

ハワイの人たちが魅せられた西洋音楽

最初にハワイの音楽に影響を与えた西洋音楽は、19世紀にキリスト教の宣教師たちがハワイに持ち込んだ讃美歌でした。
讃美歌(英語でHymn)は、ハワイ語に翻訳され「ヒメニ」と呼ばれました。ハワイの人たちは、讃美歌の持つ美しいメロディやハーモニーに魅せられていったのです。

その後、王族の方々を中心に、ワルツなどのいわゆる舞踏会音楽が楽しまれるようになっていきました。

 
Na Lani ‘Eha(ナ・ラニ・エハ)

この時代、西洋音楽の影響を受けて、美しいメロディを持つハワイアン・ミュージックが多く誕生しています。代表的な音楽家は、なんとハワイ王国の最後の君主、リリウオカラニ女王(1838-1917)でした!

カラカウア王の兄弟姉妹、妹リリウオカラニ女王、妹リケリケ王女、末の弟レレイオホク王子の4人は、音楽の才能に恵まれ、全員が自作の歌を残した音楽家です。
また自ら歌を作るだけでなく、ハワイの文化ー音楽やフラダンスなどーの発展を支援したことでも知られ、「Na Lani ’Eha(ナ・ラニ・エハ:ハワイ語で”天国の4人”という意味)」として、ハワイアン・ミュージック殿堂のトップに讃えられています。

 

”Na Lani ‘Eha”上段左からカラカウア王、リリウオカラニ女王、リケリケ王女、レレイオホク王子

 
中でもリリウオカラニ女王は、「アロハ・オエ」「サノエ」「クイーンズ・ジュビリー」など、今も人々に歌い継がれている、多くの名曲を残しています。その数は160曲以上に及ぶとか。

リリウオカラニ女王は、兄カラカウアが即位する前は、教会のコーラス隊の音楽監督兼オルガン奏者を務めていました。
ハワイ人として魂に刻み込まれた古代ハワイのオリ(チャント)やメレ(歌)と、幼い頃から親しんだ讃美歌をはじめとする西洋音楽が見事に融合して、彼女のスタイルが出来上がったのですね。

 
カラカウア王の死後、リリウオカラニ女王は、ハワイ王国唯一の女王として即位しました。でも、わずか2年という短い在位期間で、ハワイ王国はその歴史を閉じます。

時代の波に翻弄されたリリウオカラニ女王。
女王の優しさや気品、そして生涯を通してハワイの人々の幸福を第一に考えた姿勢は、女王が残した数多くの名曲と共に、今もハワイの人々の心に生き続けているのです。

 
※リリウオカラニ女王の作品、ハワイで最も愛されている歌のひとつ「アロハ・オエ」については、こちらの記事もご覧くださいね!

 

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