ハワイ カウアイ島

カウアイ島は、豊かな自然や伝説、数々の歴史が刻まれた高貴な島

“Maikaʻi Kauaʻi, hemolele i ka mālie, Kauaʻi o Manokalanipō”
「素敵なカウアイ、静けさのなかで穏やかに、島の首長はマノカラニポ」

ハワイ諸島の最も北にある、ハワイ諸島最古の島、カウアイ島。
長い年月をかけて自然が作り出したダイナミックな景観が素晴らしく、「ガーデン・アイランド」とも呼ばれています。

カウアイ島には、フラの女神ラカを祀るカ・ウル・ア・パオア・ヘイアウや、雪の女神ポリアフを祀ったポリアフ・ヘイアウなど、 多くのヘイアウ(神殿)の遺跡があります。フラダンスをなさる方たちは、一度は行きたい場所ではないでしょうか?

※マノカラニポは、15世紀にカウアイ島を治めた首長です。他部族と戦争をせず、農業や産業を奨励し、カウアイ島の黄金時代を築いた王として、今も敬愛されている人物です。
 

Na Pali Coast

 

カウアイ島に伝わるメネフネ伝説

カウアイ島には、小さい体のメネフネ族が住んでいたという伝説があります。
メネフネ族は、古代ポリネシア人がハワイに定住する前、6世紀ごろにカウアイ島に住んでいた民族と考えられています。彼らはとても勤勉な人たちで、土木工事の高い技術を持っていたそうです。
カウアイ島にあるアレココ・フィッシュポンド(養魚池)は、メネフネ族が”一夜で”造ったと伝えられています。高度な技術が使われていて、後の時代にアメリカで開発される技術よりも、はるかに先を行っているのだとか。

メネフネ族は、純血を守るため、ある時期にカウアイ島を去っていったそうです。どこに行ったのかはわかっていません。今も太平洋のどこかの孤島でひっそりと暮らしているかもしれませんね。

 

Alekoko fishpond(By Collin Grady [CC BY-SA 2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons)

 

キャプテン・クック上陸の地

カウアイ島の西部の町ワイメアは、1778年にキャプテン・ジェームズ・クックがハワイ初上陸をした場所として知られています。
このとき、ワイメアの人たちは、歓迎のフラダンスを披露したことが、記録に残っています。
古代ハワイの文明は文字を持っていませんでしたが、18世紀以降は、ハワイを訪れた欧米人の日記のようなかたちで、当時のフラダンスの様子が記されています。多くの人が、その技術や芸術性の高さに驚嘆したことが、今に伝えられているんですよ!

 

ワイメアのキャプテン・クック像(出展:ウィキメディア・コモンズ)

 

高貴な王カウムアリイ

18世紀後半、カウアイ島とニイハウ島を治めていたカウムアリイ王は、カメハメハ大王がハワイ王国を建国したときにはハワイ王国に屈せず、独立を維持していました。
カメハメハ大王は、2度カウアイ島への侵攻を試みますが、一度は嵐によって、もう一度はペストの流行によって、断念しています。
その後カウムアリイは、カメハメハ勢力との全面戦争を避け、ハワイ王国に平和的に加入することを決意。このとき、カメハメハ王朝によるハワイ諸島統一が成し遂げられたのです。1810年のことです。
カウムアリイは、その後も知事として、カウアイ島とニイハウ島を治め続けました。ハンサムで礼儀正しく、有能なリーダーとして、慕われていたそうです。

みんな大好きなハワイの島々。その起源や歴史をとおして、自然や文化を大切にする心を受け継いでいきたいですね!

 
※カウアイ島北部のハナレイ・ビーチを舞台にした美しい曲「ハナレイ・ムーン」をご紹介しております。こちらの記事もご覧くださいね。

日本のフラダンサーに人気のハワイアン・ソングを探求するシリーズ、今回は「ハナレイ・ムーン(Hanalei Moon)」をご紹介させていただきます。 「ハナレイ・ムーン」は、作曲家兼ピアニスト兼俳優のボブ・ネルソン(1934~2015)の1976年の作品で、ハパ・ハオレ・ソング(英語のハワイアン・ソング)の名曲と言われています。 舞台はカウアイ島北部のハナレイ・ビーチ!

情報源: 「ハナレイ・ムーン(Hanalei Moon)」月の光に輝くカウアイ島ハナレイ・ビーチの美しさを歌った珠玉の名作 | MUSBIC/ムスビック

 

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