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百人一首かるたの歌人エピソード~”鎌倉殿”を影で支えたスーパーエリート!鎌倉幕府の知られざる功労者、後徳大寺左大臣(ごとくだいじさだいじん)

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる

公家から武家へー400年続いた平安の世から、源平合戦を経て鎌倉幕府へ、日本の政治を動かす主人公が、大きく変わりました。
源氏の直系はわずか3代で途絶えましたが、鎌倉幕府は約150年存続します。その礎を築いた一人が、今回ご紹介いたします、後徳大寺左大臣(ごとくだいじさだいじん)です。

畳の上の格闘技、競技かるたに使用される小倉百人一首かるたの歌人エピソード、今回は第81番、後徳大寺左大臣(ごとくだいじさだいじん)の登場です!

 

後徳大寺左大臣 小倉百人一首 競技かるた

後徳大寺左大臣〈国会図書館蔵〉

 

朝廷と鎌倉幕府の橋渡しをしたスーパーエリート!

後徳大寺左大臣、本名は徳大寺実定(とくだいじさねさだ、1138-1191)といいます。
徳大寺家は、藤原家から別れた名家です。左大臣というのは実定の官位で、今でいう内閣総理大臣に匹敵する、最高の官位です。つまり実定はエリート中のエリート!しかも教養豊かな文化人で、多くの和歌、漢詩を残しているほか、神楽、今様(いまよう)、琵琶の名手としても有名でした。

そんなスーパーエリート実定は、源平合戦のさなか、木曽義仲が入京したときに、いったん職を奪われますが、義仲の失脚とともに復帰。以後、鎌倉の源頼朝と朝廷の間を取り持つ役割を果たし、頼朝の厚い信頼を得ていきました。
実定が亡くなったとき、頼朝は非常に悲しんだそうです。
その後、源氏の直系はわずか3代で消滅しましたが、御家人や執権によって鎌倉幕府が存続できた裏には、実定の存在も見逃せないのです!

 

ホトトギス

ホトトギスは鳴き声がしてもほとんど姿を見れないことでも有名な鳥です

 

ほととぎすが鳴いた方を眺めてみたのだが、ほととぎすの姿は見えず、明け方の月が残っているだけでした

 
スーパーエリート実定の歌は、なんともそっけない風景を描いています。でも、そこには重要な意味があります。実は、百人一首にほととぎすが登場する歌は、この歌1つだけなのです!
ほととぎすは、古来、歌人たちに大人気の鳥で、万葉集に153、古今和歌集に42、新古今和歌集に46登場するのに、百人一首にはたった1つ!
百人一首の選者である藤原定家は、よけいな風景や感情が出てこない、シンプルにほととぎすだけを描いた、この歌の素晴らしさに心惹かれ、百人一首で唯一のほととぎすの歌に選んだのかもしれませんね。

 

一字決まり「むすめふさほせ」の「ほ」

畳の上の格闘技、競技かるたでは、100枚の札から1枚に絞り込めるまでの冒頭の文字を「決まり字」といいます。百人一首の中で、最初の音だけで1枚に絞り込める歌、つまり「一字決まり」の歌が7首あります。その頭文字をつないで「むすめふさほせ」と覚えます。

実定の歌は「ほ」で始まる「一字決まり」の歌のひとつです。
「ほ…」と聞こえた瞬間、パシッ!!と札を取り合う、エキサイティングな戦いが繰り広げられるのですね!
 

☆「一字決まり」「むすめふさほせ」については、こちらの記事をご覧くださいね。


「むすめふさほせ」”畳の上の格闘技”、競技かるた必勝のヒントらしいのですが、何の合言葉かご存知ですか?「お嬢さん、その房を干してください。」???

情報源: 【競技かるた入門!】「むすめふさほせ」は謎の呪文!?いえいえ、競技かるたの基本です。 ⋆ MUSBIC/ムスビック
 

 

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