平安時代の”肝っ玉母さん”ここにあり!~百人一首かるたの歌人エピソード第59番赤染衛門

やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな

平安時代のデートは、男性が女性のもとを訪れ、朝まで過ごす”通い婚”だったと言われています。待っている女性はいつもやきもき…
あの人ったら、一晩中待っていたのに来なかったじゃないの!ん・もぉ~~~!!!
なんてことも、しょっちゅう起きていたかもしれませんね。
今回ご紹介いたします歌は、そんな女心を詠んだ歌なのですが・・・なんと代作ですって!代作したのは、平安時代の”肝っ玉母さん”!今回の百人一首かるたの歌人エピソードは、第59番赤染衛門(あかぞめえもん)です。

 

赤染衛門 百人一首 肝っ玉母さん

赤染衛門(出展:Wikimedia Commons)

 

良妻賢母の鑑、匡衡衛門か赤染衛門か!?

赤染衛門(956?~1041?)は、平安時代中期の歌人です。本名はわかっていません。和泉式部と並ぶ才媛と讃えられますが、恋多き女だった和泉式部とは対照的な良妻賢母。ネクラで清少納言をディスりまくった(と、言われる)紫式部からも絶賛されています。
幸薄い上に、若くして亡くなる女性が多い(偏見?)この時代に珍しく、85歳まで長生きして、幸せに亡くなった方でもあります。

夫は大江匡衡(おおえのまさひら)。夫婦仲の良さは宮廷でも有名で、「匡衡衛門(まさひらえもん)」というあだ名が残っているほど。赤染衛門は、夫や息子の出世を猛烈バックアップ!息子が重病を患った時には、彼女が和歌を住吉神社に奉納したら息子の病が治った!という逸話もあるんです。さすが”肝っ玉母さん”の面目躍如ですね!

 

赤染衛門 月岡芳年 浮世絵 

浮世絵師、月岡芳年の描いた赤染衛門(出展:Wikimedia Commons)

 

(こんなことなら)ぐずぐず起きていないで寝てしまったのにぃ!
(あなたを待っているうちに)とうとう夜が更けて、西に傾いて沈んでいこうとする月を見てしまいましたよ!

来ない男を一晩中待っていた女性の寂しくて悔しい思い。でもそんな目に遭ったのは、本人ではなく姉か妹だったそうです。しょんぼりする本人に代わって詠み、その男性に送り付けたのだとか。恨みつらみを描いているのに、どこかで”あっかんべー”をしているような明るさを感じさせてくれるのは、”肝っ玉母さん”赤染衛門の人柄のなせる業かもしれませんね。

 
☆こちらの歌も代作です。偉大な歌人は、代作を頼まれることも珍しくなかったのですね!


契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは恋人に裏切られたとき、SNSのない平安時代の人たちは、気晴らしに歌を詠んでいました。

情報源: 百人一首かるたの歌人エピソード第42番清原元輔~恨み節の代作を頼まれるほどの大歌人は、人を笑わせるのが大好きだった!? ⋆ MUSBIC/ムスビック

 

 

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