百人一首かるたの歌人エピソード第23番・大江千里~漢詩のスパイスで秋の寂しさも一味変わる!
月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど
秋から冬に向かって次第に寒くなっていく季節、夜空は冴えわたり、月はいっそう美しく輝きます。ひとりで眺めると、寂しさや悲しさを誘ってくるかのよう・・・
そんな想いは、古代中国でも同じだったようです。
百人一首かるたの歌人エピソード、今回ご紹介いたします第23番・大江千里(おおえのちさと)は、秋の寂しさを、漢詩の教養というスパイスを効かせて表現しました。
教養豊かな歌人・大江千里
大江千里は、平安時代前期に生きた方です。生没年はわかっていません。第16番中納言行平、第17番在原業平の甥にあたります。
大江千里は、漢学の才にたけていたと言われるのですが、漢詩作品はほとんど残っていません。そのかわり、というわけでもありませんが、897年に宇多天皇の命により編纂した、漢詩句の内容を題材にした歌集「句題和歌(くだいわか)」が残っています。
※「句題和歌(くだいわか)」は、漢詩と和歌の歩み寄りがうかがえる、平安初期を象徴する存在と言われています。
月を見ると、いろいろもの悲しく感じられます なにも私一人のための秋ではないのに
この歌は、白楽天の歌った
『燕子楼中霜月夜(えんしろうちゅうそうげつのよる)
秋来只為一人長(あききたってただひとりのためにながし)』
という一句が元歌となっています。月の美しい秋の夜は、愛する人を失った独り身ゆえに一層長く感じられると嘆いている内容です。
燕子楼とは、二夫を持たないという燕にちなんだ名前の建物で、国司の愛妓だった女性が、国司の死後も長くそこに住んで独身を守ったという、実話にちなんだ歌なのだとか。
白楽天は、「自分のために秋の夜は長い」と詠んだのですが、千里は「私一人のものではない」と詠んだのですね。
技巧も披露!
大江千里の詠んだこの歌には、上の句「ちぢに(千々に)」と、下の句「わが身ひとつの」で、千と一が対をなしている技巧的な面白さもあります。大江千里が、技巧と漢詩の教養の深さを披露して、当代きっての知識人であることを見せつけた歌とも言えますね!
☆こちらの記事は、大江千里の叔父にあたる、平安時代きってのイケメン、第17番・在原業平をご紹介しております。
ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは ”畳の上の格闘技”、競技かるたブームをもたらした『ちはやふる』のタイトルとなった歌。主人公の綾瀬千早が、百人一首の中で最も好きな歌が、この歌です。
情報源: 百人一首かるたの歌人エピソード第17番~イケメン在原業平が昔の恋人に捧げた、神々しいまでに美しい風景の歌にこめた思いとは? ⋆ MUSBIC/ムスビック
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