島全体がパワースポット!ハワイ島はハワイ文化復興の中心地
“ʻO Hawaiʻi nui kuauli, Hawaiʻi o Keawe”
「広大な緑の島ハワイ、首長ケアヴェの島」
ハワイ(Hawai’i)という言葉の意味は、諸説ありますが、「Ha(息・生命)」、「Wai(水)」、「’i(場所)」という、3つの単語からできていて、「生命と水がある場所」を意味すると言われています。
火山の島として有名なハワイ島ですが、豊かな水が、ハワイ島を「広大な緑の島」にしたのでしょうね。
※ケアヴェとは、17世紀にハワイ島を統治した首長の名前です。とても賢明で、繁栄と平和をもたらした統率者だったと伝えられています。
今も成長しているハワイ島
ハワイ島は、ハワイ諸島の他の島全てを合わせたよりも大きな島で、通称ビッグアイランドと呼ばれます。
ハワイ諸島で海上に存在する島の中では最も若く、今なお活発な火山活動によって成長を続けているハワイ島は、島全体がパワースポットなんですよ!
ちなみに、ハワイ島の東南約29㎞の場所では、新しい島が誕生しようとしています。
「ロイヒ」という名前のこの島は、今は海底火山として活動をしていますが、いずれ海上に姿を現すと考えられています。そのとき、もしかするとキラウェアとつながって、ハワイ島がもっと大きくなるかもしれないんですって!単体の島として現れるのか、それともハワイ島がもっと多くなるのか!?それが判明するのは、2万年先だとか・・・
ハワイを統一したカメハメハ大王の島
ハワイ島は、カメハメハ大王の生誕地です。
カメハメハ大王は、ハワイを統一したときに、王国の名前に、この島の名前を選びました。自分が生まれた島であり、また「生命と水がある場所」という意味をもつこの名前に、王国の繁栄の願いを込めたのかもしれませんね。
カメハメハ大王は、ハワイ全島の統一を目指したとき、カメハメハ家の戦いの神(クー)である、クーカーイリモクに戦勝を祈願して、サウス・コハラ地区にプウコホラ・ヘイアウという神殿を建造しました。
この神殿の建造には、あらゆる階級の人が参加したといわれ、カメハメハ大王自身も石を運んだと伝えられています。
ハワイ古来の神々を大切に敬う一方で、カメハメハ大王は、いち早く西洋の文化を取り入れました。優れた外交手腕を持ち、イギリスやアメリカ合衆国などと友好関係を築きました。また、西洋の近代武器を手に入れたことにより、他部族との戦いにおいて圧倒的な力を見せつけ、ハワイ統一を成し遂げたのです。
カメハメハ大王の最期は、カイルア・コナで、家族や家臣たちに見守られる中、静かにその生涯を終えたと言われています。亡骸は、腹心の部下によって深夜、密かに葬られたとかで、今もってその場所は明らかにされていないそうです。
カメハメハ大王が愛したハワイ島。
政治や経済の中心はオアフ島に移りましたが、今ではハワイ島は、天文学、再生可能エネルギーの研究、そしてハワイ語やフラなど、ハワイの文化復興の中心地となっています。
そんなハワイ島のヒロで、毎年イースターの時期に開催されるのが、メリーモナーク・フェスティバル、世界最高峰のフラダンス競技会です。このフェスティバル自体が、ハワイの文化復興のための取組でもあります。
メリーモナーク・フェスティバルについては、こちらをご覧くださいね。
みんな大好きなハワイの島々。その起源や歴史をとおして、自然や文化を大切にする心を受け継いでいきたいですね!
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