住之江 夢の通い路 百人一首

百人一首かるたの歌人エピソード第18番・藤原敏行朝臣~”せめて夢で逢いたい”平安時代の恋心

すみの江の 岸による波 よるさへや 夢のかよひ路 人目よくらむ

”通い婚”が一般的だった平安時代、人々は「現実には逢えなくても、夢で逢えたら想われている」と信じていました。
百人一首かるたの歌人エピソード、今回ご紹介いたします第18番・藤原敏行朝臣が描いたのは、そんな時代の切ない恋。会いに来てくれない、夢にも現れない・・・それって、もう私のことをもう想っていないから?

 

歌と書を自在にあやつる藤原敏行

藤原敏行は、平安時代前期を代表する歌人のひとりで、書家としても高名でした。平安時代随一のプレイボーイ、第17番・在原業平とは妻同士が姉妹だったこともあってとても親しく、共に和歌の技術を磨いた仲だったと言われます。時には恋の話で盛り上がっていたかもしれませんね。

 

三十六歌仙 藤原敏行朝臣

三十六歌仙のひとりとして称えられる藤原敏行朝臣(出展:Wikimedia Commons)

 

住の江の岸に寄る波、いや夜までも、どうして夢の通い路であの人は人目を避けるのだろうか

 

住の江の岸とは、現在の大阪市住吉区から住之江区にかけての海岸一帯のこと。今では住宅街や工業地帯、公園へと、すっかり姿を変えてしまいましたが、かつては美しい砂浜と松林が広がっていたそうです。
小倉百人一首の撰者、藤原定家は、敏行が数多く残した優れた歌の中から、繊細で内向的な歌を選びました。在原業平の情熱的な恋の歌とは対照的です。
この歌は、「寂しい」とか「つらい」といった直接的な言葉を用いることなく、美しい情景の描写と掛詞を駆使して、思うようにならない恋心を表現した秀作ではありますが・・・

 

小倉百人一首選定基準の謎!

実は藤原敏行の歌で、最も有名なのは別の歌です。作者の名前は知らなかったけど知ってる!という方も多いのではないかしら?

秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

 
藤原定家が小倉百人一首の歌をどうやって選んだのか、記録には残っていません。
小倉百人一首は、藤原定家が有名な歌人の代表歌を選んだのではなく、障子を飾る色紙としてバランスの良さを重視したと言われています。また恋の歌や技巧的な歌が多いことから、定家が自分好みの歌を集めた結果なのかもしれません。

さて、みなさまはどう思われますか?

 
☆こちらの記事は、藤原敏行と仲良しだった第17番・在原業平の情熱的な恋歌をご紹介しております。


ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
”畳の上の格闘技”、競技かるたブームをもたらした『ちはやふる』のタイトルとなった歌。主人公の綾瀬千早が、百人一首の中で最も好きな歌が、この歌です。

情報源: 百人一首かるたの歌人エピソード第17番~イケメン在原業平が昔の恋人に捧げた、神々しいまでに美しい風景の歌にこめた思いとは? ⋆ MUSBIC/ムスビック

 

MUSBIC公式 Facebook ページ

 

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA