百人一首かるたの歌人エピソード第38番・右近~『源氏物語』で紫の上も引用!不実な男性への女心は複雑

忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな

恋の歌がこれでもかと登場する小倉百人一首。”畳の上の格闘技”、競技かるたの一瞬を争う緊迫感とは真逆な印象なのも、魅力のひとつですね。
たくさんの恋の歌は、作者それぞれの個性が光る、珠玉の名作ばかりです。

百人一首かるたの歌人エピソード、今回は第38番・右近をご紹介いたします。生涯を誓ったのに裏切った、不実な恋人への恨みつらみ、それでも恋焦がれる複雑な女心・・・1000年も前の人とは思えないくらい、身近な感情ではないでしょうか?
そんな女心の複雑さは、紫式部が残した大作『源氏物語』にも引用されるほど、女性たちの共感を呼んだようです。

 

右近 百人一首 浮世絵

江戸時代末期の浮世絵師・歌川国芳が描いた右近(出展:Wikimedia Commons)

 

名前は残らずとも恋心を残した右近

右近は、平安時代前期の女流歌人です。本名も生没年もわかっていません。右近衛少将・藤原秀縄の娘とも妹とも言われ、その官名から「右近」と呼ばれました。醍醐天皇の中宮、穏子(885-954)に女房として仕え、数々の歌合で活躍した記録が残っています。
恋多き女性と言われ、この歌の相手は第43番・藤原敦忠とも言われていますが、他にも第20番・元良親王、第26番・藤原師輔、第44番・藤原朝忠などと関係があったようです。でも、誰とも長続きしなかったのでしょうか?男性から捨てられる立場で詠んだ歌が多いのが特徴です。
 

忘れられる私のことは何とも思っていません。ただ神様に永遠の愛を誓ったのに、破ったあなたに天罰が下る、あなたの命が惜しまれてならないのです。

あなたの命が心配でたまりません・・・というのは、どうやら本心ではなく、神に誓ったのに裏切って浮気した相手へのイヤミだった、というのが最近の解釈です。
神仏に相手の不誠実さを訴えて、天罰が下ればいいのに、と思いながら、いやいや、そんなことになってはイヤ!という複雑な女心。昔も今も変わりませんね。なんかわかる~と感じる方も多いのではないでしょうか?

 

源氏物語 朝顔

江戸時代の絵師・土佐光起の描いた『源氏物語絵巻』第20帖「朝顔」(出展:Wikimedia Commons)

 

なんと「源氏物語」に登場!

光源氏が須磨に流されたとき、紫の上はずっと光源氏のことを心配していました。ところが、田舎でわびしい暮らしをしていたのだろうと思いきや、光源氏は美しい女性、明石の上と結婚し、姫君まで授かっていました。紫の上は、それはそれはショックを受けます。
右京の歌は、京に戻ってきた光源氏に、紫の上がちくりとイヤミを言うシーンで引用されています。これに対して光源氏は、「可愛らしい人だな」なんて感じていますので、紫の上の想いが通じたのかどうかは、ちょっと怪しいのですけどね。

紫式部が「源氏物語」を書いたのは、おそらく右近が生きた時代から50年から100年ほど後と考えられます。作品に右近の歌を引用したことは、右近の歌が、宮中でどれだけ高く評価されていたかがうかがえますね。

 
☆こちらの記事は、右近の恋のお相手のひとり、第43番権中納言敦忠(藤原敦忠)をご紹介しております。


逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり 深まる秋は、人恋しくなる季節でもありますね。”畳の上の格闘技”と言われる、競技かるたで使われる小倉百人一首から、人恋しい季節に似合う、切ない恋の歌をご紹介いたします。

情報源: 百人一首かるたの歌人エピソード第43番~権中納言敦忠、若くして亡くなった美青年の切ない想い ⋆ MUSBIC/ムスビック

 

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