百人一首かるたの歌人エピソード第80番待賢門院堀河~切なくて官能的な歌はリアル?フィクション?

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ

通い婚が一般的だった平安時代、後朝(きぬぎぬ)~一夜を共に過ごした翌朝~は、次に逢える夜を待つしかなかった女性にとって、切ない時間だったことでしょうね。
”畳の上の格闘技”、競技かるたに使われる百人一首かるたの歌人エピソード、今回は第80番待賢門院堀河をご紹介いたします。百人一首屈指の官能的な恋歌で、とても人気の高い歌でもありますが、果たしてこの歌はリアルなのか?フィクションなのか?どちらだと思います?

 

待賢門院堀河 百人一首

待賢門院堀河(出展:Wikimedia Commons)

 

気高いシングルマザー、待賢門院堀河

歌の作者、待賢門院堀河は、平安時代後期を代表する女流歌人の1人です。この時代の女性に多く見られるように、生没年も本名もわかっていません。第77番崇徳院の生母、待賢門院璋子(たいけんもんいんしょうし)に仕え、「堀河」と呼ばれました。(※「堀川」と表記されることもあります。)
堀河は璋子に仕える前に結婚していて、男の子がひとり生まれていますが、夫を早くに失い、子どもは父・源顕仲(みなもとのあきなか)に預けて養育していました。
我が子と、育ててくれている父親の健康を祈る歌が残されていて、堀河が健気に宮廷勤めをしながら、家族を思いやっていた姿が想像できます。

 

西行 葛飾北斎

葛飾北斎の描いた西行

 

イケメン僧侶西行との仲は?

イケメン僧侶として名高い第86番西行法師と堀河の間には、数多くの歌のやり取りが残っていて、長らく交流があったことがうかがえます。ただし男女の仲だったかどうかは、もはや歴史の闇の中・・・
若くして夜を捨てたイケメン僧侶と気高いシングルマザー、想像(妄想?)はふくらんじゃいますね!
 

昨夜あなたは、末永く心変わりはしないとおっしゃいましたが、どこまでが本心なのかわからず、お別れした今朝はこの黒髪のように心乱れて、いろいろ物思いにふけってしまうのです

 
「黒髪の乱れ」という表現は、古くは万葉集にも登場する、情事の後を連想させる官能的な表現です。
実はこの歌は、「男が届けてきた後朝の歌への返歌」というお題を与えられて詠んだもので、年を重ねて尼になった堀河が、技巧を散りばめて作り上げたフィクションではないかと言われています。

リアルな恋愛体験に基づいているのかどうかは、ご本人とお相手のみぞ知る、というところでしょうか?

 
☆こちらの記事は、堀河のお相手?第86番西行法師をご紹介しております。


嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな 夜空に輝く月が美しすぎて、眺めていると涙がこぼれてくる・・・そんな想いは、昔も今も変わらないようです。

情報源: 百人一首かるたの歌人エピソード 第86番西行法師~美しく輝く月よ、そしてほろ苦い恋の記憶よ ⋆ MUSBIC/ムスビック

 

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